あれから3年・・・2014年03月11日 12:34



 東日本大震災から今日で丸3年が経ちました。
 各メディアでも色々な角度から取り上げられ、被災された方々はもちろん、私を含めて直接被災していない人々も、思いを新たにしている事でしょう。
 自分の回りでの直接的な被害は、揺れや津波の影響は殆どありませんでしたが、やはり福島原発の放射能の影響が大きいです。
 私の住んでいる日光市は、原発事故からすぐに、比較的放射能濃度が高い地域でした。

 当時は子供たちもマスクを付け、雨が降ればボロい合羽を着たり、捨ててもいいような傘をさしていました。
 子供が通う小学校でも、グラウンドの地表から1mの高さでの放射能濃度を毎日のように計測していて、一昨年あたりにようやくグラウンドの土の入れ替えをしていましたね。
 農作物への影響も客観諤々と騒がれており、地元産の米や野菜類は子供たちにはなるべく食べさせないように、、、とか、相当気を使っていましたね。

 ただ最近は3年も経ってくるとだんだんそういう意識が希薄になっていくのか、それとももう放射能の影響が限りなく小さくなっているのか分かりませんが、皆あまり気にしなくなっているような気がします。
 まあ自分は殆ど家にいませんし、家族の生活に関わる暇もありませんでしたので実態は定かではありませんが、、、学校便りや地域の広報や回覧も全く見ていませんしね。
 生活に影響の無い程度まで放射能濃度が下がっていれば良いのですが、状況は何も変わらないのに、意識だけが希薄になってしまっているとしたら、それは恐ろしい事ですね。きちんと県や市に聞いてみようかなぁ。
 相変わらず山に自生するきのこ類はダメみたいですけどね。そのうち、毛の抜けた猿や鹿、熊なんかが出てきたりして。。。おお~こわ。

 3年目を向かえる今日、改めて震災被害へと意識を向けるには、ちょうど良い機会だと思います。
 メディアも大いに伝えていただき、未だに震災の傷痕から立ち直れない様子や、全く復興が進んでいない様子を全国民に再認識してもらえればと思います。
 と言いつつ、そのためにまずは自分に何が出来るかを考えなければなりませんね。こんなブログの影響力なんて微々たるどころか、難の役にも立たないしなァ。仕事や家庭が忙しく、それどころではないと言うのが正直な所ですが、全国民の殆どがそういう状況なのでしょうね。
 各なる上は政府主導で復興予算をバンバンつぎ込んで、正しい使われ方をしているのかしっかりと監視しながら、進めて言ってくれる事を切に願うばかりです。

 最後に、改めて震災で亡くなられた方のご冥福をお祈りすると共に、ご遺族の方、被災された方々が1日も早くもとの生活を取り戻せる日が来る事をお祈り申し上げます。

ここは本当に栃木県ですか?2014年02月15日 20:29



 昨夜除雪を止めた時は大した降りではなかったのですが、今朝起きてみて唖然としてしまいました。
 『昨夜除雪したのってどこだっけ?』と言うくらいの、物凄い積雪です。
 今日は仕事を休んで、完全休養日にする予定が儚くも崩れさり、朝から7時間かけて庭と前の道路の除雪をしてしまいました。

 子供たちは大喜びで、雪で滑り台を作ったりかまくらを作ったりして遊んでいましたが、こちらは明日仕事に行く予定があったので必死でしたよ 。悪い事に昼前から気温が上がり雨になってしまい、雪がどんどん重くなりとっても重労働となってしまいました。
 田舎の家なので庭が広いのは有り難いのですが、今回ばかりはそれが仇となり、やってもやっても雪が全然減りません。
 そんな事を言うと、雪国の人に笑われてしまいそうですが、、、ろくな道具も無く一人でやるのは結構しんどかったです。
 でもそんな親父の姿を見かねて、雪遊びをしていた二男が手伝ってくれたのは嬉しかったですねぇ。
 まあ手伝っているのか足を引っ張っているのか微妙ではありましたが、『とーちゃんと一緒に雪かきする!』という心意気は大事にしなくてはな りません。最後はしっかりとお駄賃(労働報酬)をせがまれたのですが・・・
 
 それにしても降りも降ったり、我が家の庭で60cmを超えました。ネットでアメダス情報を見てみましたが、土呂部の積雪がなんと129cm !!
 週明け月曜日に大規模改修工事の完成検査があるのですが、果たして辿り着けるのでしょうか・・・
 そう言えば完成検査の検査資料、まだ出来上がっていないんだよな~。明日出勤して仕上げる予定なのですが、今日は午後から雨となり、その後 かなり強い風が吹いていたので、どこか施設がやられていないか心配です。。。

記録的大雪となるようですが・・・2014年02月14日 23:55



 いや~、先週に引き続きまとまった降雪となりましたね。
 今日は久々に仕事を早く切り上げて家でゆっくりしようと思っていましたが、折からの雪で帰るやいなや、庭や家の前の道路の除雪作業に追われました。
 とにかく尋常ならざる降りかたで、放っておくとどこまで積もるか分からず、明日の朝車を出すことができないと万が一の緊急事態に身動きがとれませんので、、、
 取り敢えず車の周りと家の前の道路への通路を確保しましたが、、、除雪を止めた先ほどの状況は、大した降りではありませんでしたので、大騒ぎするほどではなさそうな気もします。果たしてどうなることやら、、、

最後の追い込みです2014年02月12日 23:46

残雪の代々木体育館


 県内の地デジ対策も残すところ2施設となり、当初設計からの変更や完成検査資料、完成図書などの準備に追われ、かつ現場作業も佳境に入り工事立ち会いや社内検査など、それはもう目の回るような忙しさで、寝る間もなく、もちろんブログなんか書いている暇もありません。
 関東平野部でも記録的な大雪とか、鹿沼市上久我地区の石裂(おざく)集落への地デジ導入とか、日光湯元ファミリースキー場でのスキーとか、雪の前白根山登山とか、書きたいネタはたくさんあるのですが、、、全然書けません。
 まあ忙しさは今に始まったことではなく、テレビ放送のデジタル化が本格的になった5~6年前からずーーーっと忙しいんですけど・・・

 最近も仕様変更の書類の締め切りに追われて、土日祝日関係なく仕事仕事でして、渋谷の総本山に今日中に届けなければならなかったのですが、結局宅急便の集荷に間に合わず、今朝までかかって仕上げたものを直接持って行ってしまいました。
 まあ列車での移動中に居眠りしながら少しでも体力を回復したり、久々の上京でいい気分転換にはなりました。

 渋谷の放送センター近くの代々木体育館の前を通った時、先日の大雪の名残が残っていましたので、代々木らしいカットを手持ちのスマートフォンで撮影してみました。それが冒頭の写真。
 東京で積雪が27cmまで達したのは、実に47年ぶりだとか。私も産まれる前の出来事ですね。
 自分は子供のころは東京23区内に住んでいましたが、確かにそんなにたくさん積もった記憶はありません。毎年降雪はあったと思いますが、積雪まではそう何度も無かったように思えます。何となく記憶に残っているのは、小学校5~6年生のころ5cmくらいの積雪があり、小学校の校庭や校舎の屋上が一面真っ白となった光景は、今でも鮮明に思い出されます。

 いやはや、やっぱり雪を見るとウキウキしてきますね。なんだかんだでまだまだ子供なのでしょうか・・・

湯西川温泉も地デジ完了です2014年01月28日 22:21



 昨年暮も押し迫る12月26日にデジタル導入した湯西川地区のテレビ共同受信施設ですが、昨日と今日の2日間で、発注者の完成検査がありました。
 検査と言ってもある意味形式上のものと言えなくもなく、単なる打ち上げと言うか飲み会と言うか、、、と言ってしまっては身も蓋も無いのですが。
 まあそう言っていられるのも、自慢じゃありませんがキチンと仕様通りに、しかも将来の保守のことも考慮してバッチリ施工しているからで、それなりの根拠と自信があるからに他なりません。
 と言いつつ、この現場は自分ではあまり直接見に来ていなかったので、若干不安ではあったのですが。

 それでもまあ特に問題も無く、いつもどおり、架線が樹木や枝と接触しているので、枝打ちか防護カバーを取り付けるかするように、との軽微な指摘で無事合格と相成りました。
 そのほか技術的な面や電気的性能の面は全く問題ありませんでした。

 さて湯西川と言えばやっぱり温泉ですよ。平家の落人伝説と言う眉唾的なものはともかく、山間の出で湯に浸かっていると、日頃の疲労が一気に全身の毛穴から抜け出ていく感じですね。思わず『きっくぅ~~』と言ってしまい完全にオヤジモード全開です。
 投泊先は平家本陣と言う、湯西川でも屈指の大旅館です。最近はおおるりグループに買収されて、非常にお手軽な旅館となりましたが、昔はヘーキで一泊1万5千円以上していた高級旅館です。
 まあ値段がお手軽になった分、食事やサービスは最低限と言えなくもないですが、お風呂だけは昔と変わらず、素晴らしい露天風呂付きの大浴場でした。翌朝、朝食の後アサブロを頂きましたが、丁度誰もいなくて貸し切り状態となり、とっても贅沢なひと時を過ごしました。
 それにしても昨夜の部屋での2次会はいつもどおり楽しかったのですが、一昨日の半徹作業が響いて、何時頃だか記憶にありませんが、『あ~~眠い!』と宣言して畳に大の字になってから、朝7時15分に目覚めるまで、完全に爆睡でした。布団に入った記憶すらありません。こんなにぐっすりと寝たのは何日ぶりでしょうか?
 温泉に入ってうまい酒飲んで爆睡して、、、仕事で行ったとは思えないくらい堪能してしまいました。

 さてさて、これで湯西川地区にも地デジが導入され、ついに残すところ土呂部地区、野門地区、石裂地区だけとなりました。アナログ終了時にデジタル化が間に合わなかった施設は、栃木県内は実に16施設ありまして、それのどれもが超難関地区だったのですが、ようやくここまで漕ぎつけた、と言ったところです。
 残りの3つも2月末までには完了する見込みも立ち、本当にゴールが見えてきました。
 今日も帰りがけに下今市駅に東京から来た検査官を送る際、『もうあと少し、皆で頑張りましょう!』と言っていただきましたので、最後の力を振り絞って、やるっきゃないですね。